2016年6月24日金曜日

論2:日本語歌詞というハードル

 個人的には国産のヘヴィメタル市場を応援したいと考えている。インディーシーンには無数の有力バンドがひしめいていることも理解している。メジャーシーンについてはレーベルのやる気の無さゆえか、ヘヴィメタルという枠組みで考えると今一つではあるのだけれど、そもそも論をしてしまえば、もう一部のジャンルを除外して、音楽のクォリティ面ではメジャーだろうとインディースだろうと大差ない時代になってきているのが実情だ。優れたツールを安価で用意できる時代になったし、プレス枚数もずいぶん自由になった。アマゾンをはじめとして購入者の購買行動の多様化もあり、メジャー流通だから、インディースだからという部分での差異はプロモーションにかけられる費用、人的資源であったりプレス枚数、そういった規模の部分が殆どである。従って、インディースシーンがディスクユニオン等の理解ある店舗の助力もあって活発な活動を続けることが出来ている現状は決して悲観的なものではなく、むしろ、アンダーグラウンドとしてひとくくりにされてしまう時代ではないという点では好材料が揃ってきていると言えるだろう。

 一方で、これはHR/HMのみに当てはまることではないが日本語を音楽の中で取り扱う一定のむずかしさを最近リリースされる若手バンドの商品に触れる度、感じずにはいられないのである。このブログではHR/HMを基準点に観るが、現状では日本語歌詞は比較的自由な扱いを受けている。それはつまり韻にとらわれない、極めて散文的なスタイルだ。自由度が高い分扱いは難しくなるし、語彙力の無いバンドの歌詞は時に小学生の作文のようになりかねない。一つの事象を伝えるにあたってどのような表現を用いるか、どのような言葉を選ぶか。この点は極めて重要である。何故あらかじめこのような前提をつけたかと言えば、ここ最近散見されるスタイルとして、特にこれはメロディックスピード系のメタルに見受けられるが、「日本語歌詞」にこだわるという割には日本語のレベルが低い、そういう事態が極めて多い、これである。例えば、英語のバンド名、新譜タイトルも英語であるケースを考えてもらいたい。メロスピ界隈、そこにちょっとシンフォニックなキラキラ要素も入っているようなバンドの場合、大体はLightであるとかDestinyであるとか、何処かファンタジックな、テレビゲームのような英単語が並ぶことになる。その世界観を「日本語で表現」するということの恐ろしさを、おそらく彼らは理解していない。そもそも世界観の前提が極めて西洋的である、それを日本語歌詞として表現する場合、よほど注意をこらして、本気で「作詞」に取り組まなければほぼ間違いなくその歌詞は陳腐なものになる。その結果として「君を守りたいから僕は何度でも立ち上がるんだ」みたいな最悪の歌詞が羅列されてしまう悲惨な結果になる。英語が出来ようが出来なかろうがその世界観なら辞書を引きながらでも英語で作詞したほうがよほど楽だろうなあ、と思うのだが。
 こういった日本語歌詞の扱いの困難さを、例えば陰陽座は世界観そのものを和式に変換することによって極めて巧に回避している。逆にあの世界観を完全に英語で表現するのは極めて困難だ。SEX MACHINEGUNSは歌詞を冗談の類にすることによって回避している。初期~中期ぐらいまでは上手くいっていた試みだと一聴取者としては感じる。やけに際立ったキャラクターを設定しなければ歌詞世界が成立しないようになってきている最近の彼らの作法については少々残念に感じる。以前はそういった飛び道具的な設定を使わなくても、より生活感のあるリアルな、現代詩的な歌詞を器用に成立させていたと思うのだが。

 日本語は和語、漢語、外来語が入り混じる点もありなかなか扱いの難しい言語だ。日英混在歌詞はより扱いの難易度があがってしまうしそもそも個人的にはナンセンスであると感じるので今回は措くが、一曲、或いは一枚というスケールの中で日・英いずれかの言語を選択するとき、いずれにしてもそれぞれの言語について、作詞するに足る語彙力を養うことは必要不可欠だ。英語歌詞ならばいかにして韻を踏んでいくのか。これは最近妙に流行している(しているのか?)Lyrics Videoの類を見ることでおおいに養われるところだろう。どのようにして単語が選択され、慣用表現をいかに成立させているのか。特に英語圏というわけではない日本人にとっては発音の仕方一つとっても勉強になることは多い。
 日本語で歌詞を書くならば少なくとも百冊、出来れば五百冊は意識的に本を読むべきだ。特にメタル系の歌詞と親和性の高い西洋からの翻訳小説を読むことを、メタルよりも長い時間文学を学んできている身としては推奨したい。どのような語からその訳になっているのかを想像しながら読むだけでも想像力や、言葉を選ぶセンスが養われるはずだ。

 冒頭との重複になるが個人的にはインディースシーンのメタルバンドを特に応援している立場だ。そして、前述のとおり今では音楽的なクォリティの面でメジャーとインディースシーンの差異はほぼ消失してきている。そして、だからこそ注意したいのは商業ベースで厳しく査定されるメジャーシーンとは異なるインディースベースである場合、歌詞面を含めた音楽作品における瑕疵を指摘し修正する仕組みがどうしても働きにくいということは一つ挙げておきたい。小規模のバンドにおいてプロデューサーを招聘したり歌詞を外注したりすることは困難であることは想像に難くない。バンドやソングライター、クリエイターの努力が求められる部分だ。

 個々のバンドを批判するわけではないが、特にHR/HMにおける日本語歌詞で「これは優れた歌詞だ」と感じることが殆どない、これは残念なことだと思う。歌詞のレベルだけで見ればメジャーシーンでたたき上げられているからだろう、いわゆるJ-POPのほうが数段上の水準にある。一人のHR/HMファン、批評家として、日本語のメタルシーンがより充実したものになることを願って本稿を記載した次第である。
 

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